2008年12月26日

2008年を振り返る!

さて、一昨日に続き、今年を振り返る、の、第二弾(笑)!

今年の私が徹底したのは、エネルギーの分散を極力避ける、ということです。

人が持ってるエネルギー総量なんて、そうそう違いはアリマセン。

つまり、いかにしてエネルギーを分散させずにココというポイントに集中させるか、が勝負どころとなる。
だから、自分が無駄と感じることは、容赦なく切る。

とまあ、そんなことは、今までも散々 言ったり書いたりしてたと思うのですが、我ながら今年は そういった無駄を本当に見事にブチ切ったなあ、という感じでして(笑)。

そのポイントを思い返してみます。


まず、おおよそ、エネルギーを異常に浪費するのは人間関係です(笑)。

● 相手の状況を確認もせず、5秒で済む用事を伝えるのに、あるいはそもそも用事も無いのに、1時間、2時間と平気でかけるタイプ。
● その時々に、その関わりの中で何が大事かを冷静に見極めることを重要視せず、相手を無視して感情や欲に任せて自分が気持良いことだけをやる、というタイプ。
● 口を開けば、何かの悪口、誰かの悪口を上目線で気持ちよく語るタイプ。
● 常に粗探しに夢中で、全ての人に対して優位に立ちたがるタイプ。

も〜〜、たまりませんよ、こういう人にロックオンされると(笑)。
やたらとしつこく絡んできます。何を言っても通じませんし伝わりません。
それはそうです、本人の自覚の有無に関わらず こういう人たちの目的は、相手と関わることではなく、相手のエネルギーを効率よく奪うことなんですから(笑)。

ですから、こういうタイプの人との関わりを断つと、本当に大事にしたい親や友人に時間と想いを掛けることが出来ます。
今年はそれが大分出来ました。幸せなことです。

あとは、等身大の自分自身に根拠の“有る”自信を持つこと…というか、等身大の実力を知る、ということ…かな(笑)??
(あ、“自分だけは大丈夫”みたいな根拠の“無い”自信だけは絶対に持ったらダメだと思います(笑)!)

仕事の実力についても、何にも左右されず、ただ、自分の出来ることと出来ないことをシッカリと把握し、謙虚に努力を続ける、という姿勢を徹底したことが、浪費を最小限に食い止めるのに非常に有効だったと感じています。

歌についても そうです。
自分の声、というのは、歌っている自分が聴こうとすると、どうしても自分の体内にこもり、キチンと飛んで行きません。
よって、歌っている自分の声を、客観的に自分の耳で直接聴く、というのは不可能です(笑)。
ボイスレコーダーを清水の舞台からダイビングして購入、自分の声を他人として聴き、常にイヤというほど実力の程を認識する、という(本来なら当たり前の)作業が とても効きました(笑)。
実力の程を知れれば、“こうであって欲しい”と自分に変に期待することもなく、かといって、課題が明確になるわけだから絶望する必要も無い。ようは、ぐらつかない。黙々とやるべきことをやれる。

やはり等身大の自分を知る、身の程を知る、ということほど 浪費を少なくする作業は無いな、と。

また、等身大の自分を知ってぐらつかない状態でいると、“今”を楽しめるせいか、言葉に説得力が出てくるらしく。
今年壊した人間関係も良かったと思ってますが、今年築いた人間関係も丁寧に大事に築くことが出来たんじゃないかと思ってます。

そして、何故 自分がこの道を選んで、何をしたいと思っていて、どの段階まで来ていて、どこまで行きたいと望んでいて、そしてそのために何が必要で何が不必要か、を、今迄以上にずっと冷静に確実に認識出来ている、という実感。

さて、そのまま来年は、その自分を意図した通りの段階に持っていく。

本当に頑張らなきゃ。

つっても、しつこいようですが新年早々のお給料は、正月休みのお陰で、生活不能なレベルまで落ちることは確定で(笑)。
なんかホンマ、スンバラシイ智慧、脳内に ファッサーッ! 言うて舞い降りてきてくれへんもんかいなぁ(笑)。

ァ '`,、'`,、'`,、'`,、(´▽`) '`,、'`,、'`,、'`,、'`,、
posted by 水月 雪勢 at 20:48| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

今年一年を振り返って。

ついにやってきた大晦日。
急に冷え込んだ先日から、いきなり年末気分が急上昇でした(笑)。(;´▽`)

いえいえ、それでも一応、大掃除もどきは、ちょっとづつ進めてたんですよ(笑)?
でも全然 年末って感じがしなくって。(;^_^A

さて、今年も去年に続き、本当に大変な年でしたが、色々と自分にとっては革命的なことも起こった、変革の年でもありました。

まず、今年の早々に、切らなければならない大悪人(笑)との縁を、完全に切ることが出来た、ということ。
何年にも及ぶ長い長い呪縛から解放された、素晴らしい瞬間でした。
ここから、関わる人間を更に慎重に選ぶ姿勢が、身に付いたように思います。思った以上に小悪党って多いし、その及ぼす悪影響も多い(笑)。

そして母の大きな病気。目の前が暗くなり、ひたすら祈りながら、看病しながらも仕事に追われ、苦しかった時期。
ですがそれが、自分自身の仕事の次元そのものを 遥か高く引き上げよう、という意識に対する 大きなモチベーションとなりました。

そこから、今までの視点では有り得なかった、高い次元でのハードル・課題を見つけ…というより、まざまざと見せ付けて頂き(笑)、心底驚愕しました。
それまでも漠然とは感じていたのですが、世間で“高い”と言われるレベルと、真の「高いレベル」、とは、信じがたいほど激しく乖離しています。
その事実を目前にできたこと、ハッキリと認識出来たことは、重要な軸となる素晴らしい経験でした。
ですが、同時に、痛いほど感じました。

「私の到達したいレベルの、なんとまあ、遠い、遠いこと!!!」

そこから更に気付かされた、現れてきた、膨大過ぎるほどの 勉強しなければならないこと、練磨しなければならないことの数々。
正味、押し潰されそうな勢いの膨大さです(笑)。

そして、それなのに、実際が中々伴っていかない このもどかしさ。

確かに、修行とは そういったものです。
ですが、やりようによっちゃ、もっと先に進めてただろう?っていう、“またかよ!”って突っ込みたくなる いただけない事実も確実に有るYO!!_| ̄|○

…そんな中で、明日、新年を迎えます。(^-^)

年が変わる、っていうのは絶対に、何かが本当に変わることなのだと思います。
だから今年の汚れ・失敗は来年に持ち越さない(笑)。
そして、今年の財産は大切に一新し、更に磨いていく。

そんな気持ちで、どんと来い!新年!!と、気合を入れています。

さて、この後の時間も、落とさねばならない今年の汚れは無いか、しっかりと見極め、美すぃ〜〜〜〜い状態で新年を迎え入れたいと思います。

来年はネズミ年、ということで、闘忠丸の年ですね!(注:少年サンデー『史上最強の弟子ケンイチ』参照(笑)。我ながら唐突です(笑)。)
兼ちゃん見習って、オイラも頑張るべな、いや、マジで(笑)!
あの、才能の有無を凌駕するほどの尋常ならざる努力、アレを完全に見習うことが出来たなら、私もスッゴイ飛躍を遂げることが出来るでありましょう。
そんなわけで、

ビバ☆兼ちゃん!!!(え?着地点ソコ(笑)?)

そんなこんなで、この切れ切れなブログを読んで下さっている皆様、今年も本当に、大変お世話になりました。m(_"_)m
来年も切れ切れになるかとは思いますが、宜しくお願い申し上げます。m(_"_)m

では、心の底から、良いお年を!!(^-^)/ぴかぴか(新しい)
posted by 水月 雪勢 at 12:04| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月27日

ビバ!過去記事(笑)。

たま〜にふと、今までの記事を読み直してみることがあります。
で、読み直してみると、ちょっとした“過去の自分との対面”となり、本当に面白い。

改めて原初の意図を再確認させられ、今なすべきことが否応無しに明白になり、気持ちを新たにさせられることになったり、随分前からクリアしたつもりになっていたことが、その時点では全然クリアされてなかったことが判明したり(笑)。
また、「アリ?んなことウダウダ考えてたっけっか?」みたいな混迷記事が突如ポツリと出現したり(笑)。

要は、その後に何が起こり、どういう選択をすることになるのかを知った上で過去記事を読んでるわけですから、物語の結末を知ってる人間が、自分の身に何が起こってくるか未だ知らない登場人物の様子を見てる、みたいな感覚になるのです(笑)。それって結構楽しい感覚です(笑)。

まあでも、私も随分と歩いたものです(笑)。
うん、ナカナカ頑張って歩いちょる歩いちょる(笑)。

その歩いちょる中でも、絶対に変わらないものが奥底に常に有って、何度でもそこに立ち戻らなくちゃいけないし、もし埋もれてトびそうになったら掘り起こさなくちゃいけないし。
そして、それを軸にして常に変化もしていかなくちゃならない、進化という変化が在り続けなくちゃならない。

過去記事って、そのことを物凄く客観的に見つめ、再認識する為の、サイコーの道具のようです、私にとって(笑)。

う〜むむ、これぞビシッっとセルフヒーリング、ブログ万歳(笑)。
テンション上がってナカナカいい感じです。やっぱ私、書くのイイのかも(笑)。
posted by 水月 雪勢 at 00:00| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月06日

昔との対面。

さて、恐ろしいほどビュービューと風が吹き荒れる中、ワタクシまだ全然 本調子ではないのですが、マイペースで頑張ってます、要るもの要らないもの作業(笑)。地道に体力の要らない分野から進めてってます(笑)。

徹底的に洗い直さなきゃ、と思いながら天袋なぞからズルズルと引きずり出してきたファイル。
これ何だっけ??とか思いながら、中を見てみたら、懐かしい昔の手紙の束なんぞが出て参りました。

その中でも特に懐かしく感じたのは、私の文章やイラストなんかを見て下さってた先生が 送って下さってた手紙やハガキです。
改めて読むと、どれほど真剣に指導して下さってたのかが、痛い位に伝わってくる、暖かい優しい手紙やハガキでした。
ああいうのを見てしまうと、もう一度、頑張りたくなっちゃいますね(笑)。
今更ながら応えたくなってしまいます。
手紙って、力が宿り続けるものなんですね。

そんな中で、私、一体あの頃、どれくらい先生に感謝出来てたんだろう?どれだけそれが大事な関わりなのか、ちゃんと分かってたんだろうか?どの程度分かってたんだろうか?とか思うと、全然足りなかった気がして、哀しくなります。
最近とみに感じる、「 関わる人は選ばなくてはならない。 」 という思いに、拍車が掛かりました。

この先こんな思いを二度とすることが無いよう、頑張らなくちゃ。
今を大事に大事に優しく扱って、頑張らなくちゃ。
大事にすることや大事にする人を、しっかり自覚的に選ばなきゃ。間違ったりしないようにしなくちゃ。

そんなこんなで…、今は自分の体調を大事にして、また早めに寝ます(笑)!
それでも昨日よりは、ちょっとはマシなんですよ、体調。(*^.^*)
posted by 水月 雪勢 at 23:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

風水・奥深しぃぃ!!(つДT)

ええっと、先日は、その前日の風奏琴での3人連続施術が思いのほかハードワークで(笑)、すっかりくたばっておりました(笑)。
本当はサンデーの感想を…と思ってたんですが、結局ギブ!(;´▽`)
サンデーの感想は今晩にでも書こうと思います。(;^_^A

そして、実はですね、驚愕の事実が発覚いたしまして。
皆様、巷で流行ってる風水って、実は結構「なんちゃって風水」が多いんだってこと、ご存知でしょうか??
本来の風水師は、地脈・水脈を読んで総合的に「見て」判断出来る人のことを指し、本場で何年もかけて勉強しても、その真髄に辿り着けるか辿り着けないか、というくらい奥の深いものなんだそうです。
ですので、例えば方角とそれに合わせた色味、なんていうのは、末端の方のバラバラな事実の方だったりして、その一番大事な骨子の部分に全く目が向けられてなかったりするので、期待できるのは、実際の効果というよりもプラシーボ効果だったりする場合もあるようです。(;^_^A

実は地脈と水脈を完全に読める方を 私、存じ上げておりまして。
その方曰く、人の体も地球も同じなんだそうです。もうダイナミックすぎ(笑)。
ひょんなことから、その方が私のこの家を見て下さったのです。

そしたら…!!!!!

「ここに住んでたら絶対にお金が貯まりません。それに、陰の気が風呂場・トイレ前に異常に溜まり易く、それがそのままキッチンに影響するので、食べ物に陰性が非常に溜まります。よって、身体は壊れます。ここに住み始めて何年ですか?ここに住み始めてから、身体 一気に壊したんじゃないですか?」

・・・・・・。(;゚ Д゚) そ…そそ、そういえば。。。。

「よかったですね、死ななくて。」

・・・・・・。(゜ロ゜||) し…死ぬとか、アリだったんデスか。。。

もうね、ショックでしたよ(笑)。ソッコー引っ越したいですよ(笑)。
それなりに、「なんちゃって風水」上では良いトコを選んだんですよ〜、これでも〜!!(つДT)グシッ!
で、今は盛り塩と塗香を撒く、ということで応急処置をしてます(笑)。
(→この応急処置をした途端、風奏琴に予約が4名様 入った(笑))

そんなこんなで、一連の体調不良との関連を妙なところで納得させられた私。
ホンマこれで、例えば引っ越してすぐ体調良くなったりとかしたら、め〜〜っさ笑いますよ。。。

ァ '`,、'`,、'`,、'`,、(;´▽`) '`,、'`,、'`,、'`,、'`,、
posted by 水月 雪勢 at 15:34| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

素人のお遊び。

今日は、歌のレッスンの日でした。o(^-^)o
しかし、当然なんですが、楽しい楽しいだけでは済まなくなってきてます(笑)。
実は、レッスンに参加しているのは皆 例えば もうずっとヤマハの音楽教室でボーカルレッスンを受けてましたとか、催されるカラオケ大会に出たら まあまずそこそこの賞は取れてたよとか、カラオケボックスの採点くらいだったら普通に平均で最低95点は出せるよとか、ある程度は腕に憶えのある子が揃ってるわけなんですが(笑)、イヤイヤイヤイヤ!!!

なんというのか、もうね、それでも“歌う”なんていうレベルにいる人間は、ただの1人もいないのです(笑)。
そう、今 自分が何一つ知らないのだ、という事実を全員がイヤというほど思い知らされています(笑)。
ようは、楽器としての体の使い方、ということが全然出来ていないのだ、ということなんですが、この実感が回を追うごとに増大しています(笑)。

いえ、勿論解っていたんですよ、素人レベルの「上手い」とプロっていうのは全然領域が違う、っていうことくらい。
でも、有無を言わさず ここまで実感させられたら、思わず空を仰ぎます(笑)。

「今迄の私たちってホンマに、所詮 素人のお遊びやったんやな…」

改めて自分の実力の程を思い知らされた全員の 感想です(笑)。
そして同時に、「出来ないんだ」っていうことを、ここまで驚くほどスンナリと素直に理解させて下さった先生の力量に感動しながら、帰途に着いた次第です(笑)。

全ては同じなんですね〜、本当に。(;^_^A
一番大事な実践の部分は、決して先生が生徒に教えれる領域ではない、というところや、全ては与えられたヒントから自分で見つけていくしかないのだ、というところや、自分自身の使い方を学んでいくんだ、っていうところ。
惜しみなくヒントを下さった先生に大感謝しつつ、どんな道でも底に流れる法則は同じなのだ、ということをも、改めて実感。
やっぱり謙虚にならざるを得ません(笑)。

ああ〜〜、本当に色々と世の中って素晴らしいです。
って、出来なくて感動するってのも、何だか笑えますんですが(笑)。
posted by 水月 雪勢 at 22:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月14日

桜にスズメ

今日は ちょっと肌寒い一日でした。
だから、上着は ちょっとモフモフ系で出勤(笑)。
こういう季節は、皆 服装がバラバラで、電車の中の服装ウォッチングも楽しい(笑)。
今日の車中では モフモフ系も、春っぽい人も混在してました(笑)。

そんな中、大阪の桜は、もう葉桜に移り変わりつつあります。
やっぱり薄桃色の花びらが散ってる景色を見ると、何とも言えない感覚に襲われます。
どうやら何年経っても、桜は 私にとっては鎮魂の花でしか有り得ないようです。
ですから、どうしてもやっぱり飲んで騒ぐ、楽しむ花見、というのは敬遠。
そういう宴会の場になる場所も敬遠。(⇒大阪城公園とか(笑))
その代わりに、団地内に有る桜を味わいます。

実は、いつも味わう その桜に よくスズメが集まってくるのです。

スズメは、他人にも自分にも変わることの無い愛、を暗示する鳥なのだと聞いて以来、この桜とスズメの組み合わせが 私は本当に好き。
まるで、桜がスズメと共に 私に向かって、「 自分にも他人にも変わることのない、ホントの優しさを シッカリと気合入れて育みなさい! 」 と語りかけてくれているような気がして(笑)、心の底から頑張ろうと思えるのです。

いつも 本当にありがとう、桜にスズメ!
いつもいつも、最初の意図を思い出させてくれる。

さ!!明日からも頑張ります。気合入れて、シッカリ育みますね(笑)!
posted by 水月 雪勢 at 22:30| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月11日

道の理を料る(はかる)手続き

さてさて、またまた突然なのですが、実は 料理、という言葉 私は大好きです。
え??それは言葉ってか 「 単語 」 でしょ??って感じですよね(笑)?
でも食、というものは、栄養素、というだけのものではない、もっと深遠なもの、という気がするのです。
かなり以前に 少年ジャンプの 『 魔人探偵脳噛ネウロ 』 の感想でもチラッと書いたことがあります。この作品が一気に大好きになったキッカケになったのは、次の言葉を彷彿とさせるネウロのセリフでした。

天と地の めぐみをいただき
水や火の 力を借りて
工夫を加え
土から得た 器に飾り
ある生命(いのち)が 別の生命を
はぐくんでいくという
玄妙なる 道の理を
料りゆく(はかりゆく)手つづき
それを いにしえ人は
理を料るゆえんをもって
“料理”と名づけた


コレは真崎守さんの描く 『 老子 』 (残念ながら絶版 (ToT))に出てくる一節・一場面。
勿論、この場面だけでなく、この本 全体が光り輝いていて、私は大好きなのですが、この場面を読んで、改めて 料理 ということを考え、認識を新たにしたのは確かです。
今を生きる ということに関わる全ての行為を大事に扱う、ということ、大事に生きるということ、と 食 は、密接に関わってる。
料理、という言葉には、生命そのものの感動が根付いてる。
真理だなぁ、と そう感じるのです。

忙しくて忙しくて仕方ない時、どうしても食は おろそかになりがちですが、出来る限り、本当に出来る限り 自分の手でシッカリと その玄妙なる道の理を料りゆく手つづきを楽しみたい、と、心底 思うのです。

え〜〜、そんなワケで(笑)紹介致しますと、コレが我が相棒・クロスケです!揺れるハート

kurosuke.jpg
 
注)このコには空焼きの必要は無く ( ってか、しちゃダメ )、油慣らしをすれば良い。
難点は、兎に角 重いこと!!!( ̄□ ̄;) フング!
厚いので、料理はとっても美味しく仕上がるが、その分 重い!!
クロスケ、重い〜〜、重いよ、クロスケェェ〜〜あせあせ(飛び散る汗)!!(笑)
posted by 水月 雪勢 at 18:00| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月25日

今を生きる充実

さて、自分の状態を客観的に観察しますと 改めて感じるのですが、最近、心身ともに 随分と回復してきたようです。

以前の、副作用で苦しかった時期・オペ後のダメージ抜け切れない時期の、まるで水の中に無理矢理 沈められて、頭を押さえつけられているような苦しさや 意識の浮遊感が、随分と消えてきました。

まだ、体調が崩れやすかったりはしますが、ここにきて、ようやく自分の中に自分の意識が戻ってきた感覚を得つつあります。
静かに過ぎる毎日が、とても幸せです。


意識せずに 苦しさ無しで 自然と呼吸が出来ること。

意識せずに ものを見ることが出来ること。

音を聞き、音楽を聴き、心から感動出来ること。

朝 一杯のコーヒーが とても美味しく飲めること。

ものを食べて、美味しいと感じることが出来ること。

カラダが 食べたものを確かに吸収してくれていると感じること。

夜、ぐっすりと眠れること。

朝、朝日を見て、今日が始まる、と思えること。

ふらつくことなく、大地に足を踏まえられること。

多少息が切れたとて、真っ直ぐと歩けること。

朝起きてすぐに、掃除や洗濯に気持ちよく取り掛かれること。

肉体の苦しい感覚と戦う必要が少なく、心静かに今を生きられること。

毎日、規則正しい単調な生活をしながら、その中で、静かにエネルギーを蓄えていけること。

そのエネルギーの照準を定め、タイミングを見計らうことが出来ること。

感動は自分の内にこそあると 実感できること。

この瞬間 瞬間に心から感謝出来ること。


さ!4月から、いよいよ本格的に風奏琴を再起動していかねばなりません。
今 感じている この感動と感謝を、どこまでキープ出来るのか、それが、私の今後を占う、重要なポイントとなりそうです。
posted by 水月 雪勢 at 15:12| 大阪 | Comment(1) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月10日

愛しき音楽:モーツァルトとベートーヴェン

さて、モーツァルトの誕生日は1月27日。
本来なら、その日に この文章をアップしたかったのですが、時期的に手術直後で全然間に合いませんでした(笑)。

今年はモーツァルト生誕250年、ということで、随分とテレビでもモーツァルトが取り上げられているようです。

テレビで公開された譜面を見て、改めて驚いたのですが、小さい頃から神童と歌われたモーツァルトらしく、彼の作曲した際の手書きの楽譜には、書き直しや推敲の跡が全然無い!!( ̄□ ̄;) シェー!
どうやら、まるで 「私は木の中に眠る仏を掘り起こすだけなのだ」という仏師のように、モーツァルトは、もう既に頭の中で完成している曲を 譜面に書き写す、という作業をもって、次々と名曲をかいていったようです。どんなものでも、それを生み出す時には、・・・例え短い文章一つでさえ・・・、生みの苦しみが伴うものだと思うのですが、どうやら彼には無縁のものだったようです。凄過ぎる。。。

そういうモーツァルトに対して いつも正反対の人として引き合いに出されるのが、ベートーヴェン。
ベートーヴェンの譜面は、試行錯誤と推敲の跡がギッシリ!!
苦悩の中、まさしく生みの苦しみと共に大曲を仕上げていったのが とってもよくわかる譜面でした。

モーツァルトが持てはやされる理由の一つが、「癒し効果」のようです。
モーツァルトの曲を使った実験は色々とされているようですが、どれも効果が実証されているようで、彼の曲の癒し効果は、本物のようです。

でも、それでも、私はベートーヴェンが好き。(*^.^*)
モーツァルトとベートーヴェン、どっちが好き?と聞かれたら、迷わず、ベートーヴェンと答えます。

オペが終わり、麻酔が切れた途端に襲ってきた、耐えられる範囲を遥かに超えた激痛。
私は痛みには強い方なのですが、とてもじゃないけど耐えられる範囲の痛みじゃアリマセンでした。
幸いなことに、日頃 殆ど薬を飲まないお陰か、痛み止めの薬が随分早くよく効き、耐えられる範囲の痛みになってきたと同時に薄れていった意識。
痛い痛いと叫んでいたのが、15分ほどで静かに眠りだしたそうです。

その後、意識が戻ってきて、ああ、生きてる!!と実感し、一番最初に聴きたいと思ったのは、モーツァルトでもショパンでもリストでもドビュッシーでもバッハでもなく、そして笹川美和でも一青 窈でも平原綾香でも久保田利伸でも、そしてルパン三世でもなく(笑)、ベートーヴェンのピアノ曲!
これは当の私にとっても かなり意外でした(笑)。

痛みはまだまだ続いていて、発熱した状態、そして点滴の針も刺されたまま、それでも聴いたベートーヴェン。
感動して涙が出てきました。
少なくとも、あの瞬間、私を癒す音楽はモーツァルトではなく、ベートーヴェンでした。

「癒しの音楽」という単語を聞くたびに、実はいつも若干の違和感を感じる私。
だって、本来 音楽って、心が求める音を聴くのが一番癒されるハズだから。

勿論、効果を知った上で、自分のコントロールを より的確に行う為に、音楽を取り入れるのは、とっても賢い方法だと思いますし、私自身も そういったことを よくします。
でもそれは、誰かから効果を聞いて そうする、という知識ベースのものではなく、それを聴いて今迄どういう状態になったか、という経験ベースで そうするものです。
本当は、音楽は、効果を求めて ではなく、純粋にそれそのものを求めて聴くもの、であって欲しい雪勢。

だから、モーツァルトが余りにも持ち上げられすぎると、何だかチョッピリ 違和感や危機感を感じるのです。
何でもかんでも、実感の伴わない表層的なハウツー思考にしてしまう昨今、何でもかんでも これをこうすればこういう効果が得られるという 表層的な精神的取引に終始する昨今 を、象徴してる気がして。

安易なハウツー思考に則っている心理状態や 精神的取引がベースになった心理状態で、その音楽がくれる本当の感動って、受け取れるんだろうか???
勿体無いことに なりはしないんだろうか???

どうしても、心配になってしまうのです。

勿論、「副交感神経を優位にする為」とか「免疫力を高める為」に、モーツァルトのCDを購入した方が、結局 彼の音楽のもたらす「効果」だけではなく、「とてつもなく素晴らしい感動」の方を受け取る可能性も有るわけなので、そういった意味では彼が持てはやされるのも喜ぶべきことなのかも知れないのですが。

でも出来ることなら、例えば、雪勢が失神しそうに大好きな、知る人ぞ知るグレン・グールド、彼の奏でるモーツァルトを聴いて頂いた方の間で、「これこれこんな効果が有りました!」なんて感想ではなくて、「素晴らし過ぎてシッシンするかと思いましたぁ!」って感想が満ち溢れて欲しい雪勢なんであります(笑)。
posted by 水月 雪勢 at 20:28| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

それでは行って参ります。m(_"_)m

さて、今日を持って、暫く、ブログ更新は出来なくなります。
どのくらい暫くなのか、は、私が オペによってどんな状態になるか、に依存します。

この、カカトが完全に水に浸かっているくらいのギリギリ背水の陣で、何度も見直した自分自身の生きる意図。
実は、もう本当に疲れ切っちゃったし、もういいか…なんてことも 何度も考えました。
世界が強制終了の方向に向かってるな、なんて感じる時は 特に(笑)。
ええい、いっそ強制終了しちゃった方がイイだろ!なんて感じる時は 特に(笑)。

でも、もし、今この状態でなら、生きていても、死んでしまったとしても、結果は そ〜〜んなに大差無い気がします(笑)。
生きようが死のうが、向かう方向も姿勢も 全く変わらない、と断言出来る状態に、ようやく自分を持ってくることが出来たからです(笑)。

もし、今 一旦死んだとしても、今度もう一度 生まれてきた時、また今見ている同じ光に向かって、全力で進む人生を送ることになるだろうと思います。

その歩む為に使うツールは、今と変わるかも知れません。
それに、多分、今世で越えられなかったツケとして、次は越えなきゃいけないハードルは今より更に、TOO BIG!!になって、更に厳しい人生になると思われます(笑)。

それが、世界の法則なんじゃないかと 実は私 思っているのです。

私には、死んだからといって、今 越えられなかった何かを帳消しにして貰えるほど、世界の法則は甘いモンじゃないって風に 思えてならないんです。
きっと、死んで逃げられるほど甘くはない。
きっと、何度でも、越えられるまで それこそ何度でも、無限に挑戦し続けなくてはならない類のモノなの。

しかも間違い無く、越えられなかった分だけ、どんどん障害は大きくなる。
逃げたツケは、しっかりと必ず自分で払わなくちゃいけない。

多分ね、世界はそんな風に厳しい。
きっと、優しいからこそ、許してはくれないんです。(*^.^*)

今 この人生で やったことない筈のことを、何故だか知ってたりします。
それに、何故それに恐怖を覚えるのか解らない何かが 異常なまでに怖かったりもします。
不思議な記憶の残骸も、イッパイあります。
自分、というものの中にも不思議はイッパイあります。
その不思議を辿れば、何かしら大きな法則が見えてくる。
その不思議と同じ重さの、確信も有ります。

私は、この不思議の全てを解き明かしたい。いつか必ず。
必ず、やり遂げて見せます。

多分、今の私なら、ここに戻ってくる、という選択を出来るだろうと思います。
でも、もし、万が一のことがあったとしても、今 何らかの形で私に共鳴して下さってる方とは、いつかまた必ず、どこかで共鳴することになるだろうと思います、今と同じ様に。
その時は、全ての状況が変わってしまってるでしょうけど(笑)。
ちょっと、時間が大きく変わるだけ、のことです(笑)。

一旦、お礼を申し上げます。心から、有難う御座いました!m(_"_)m
きっとまた、お目にかかります。
その時を楽しみに。では、また! (*^.^*)ノ 。・:*:・
posted by 水月 雪勢 at 22:28| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月13日

心の中の 「 取り引き 」

さて、ずっと、どうしても書きたいことが もう一つ在ったんです、「 黄金の扉 」 と、あと もう一つ。

それは、心の 「 取り引き 」 について。
結果を求めて行動する、という虚しい空間と、意図に従って、姿勢そのものに関わった時、無限に成果・結果が在り続ける空間、について。

でも、これまた、「 黄金の扉 」 と同じく、書けないんですね、的確に。。。_| ̄|○
ホントに無理(笑)。よって、力尽きました(笑)。

やはり、頑張って修行せねばなりますまい。。。(;^_^A

だから、とりあえず、例え話をもとに、書けるだけ書いとこうかな、と思います。
間違いなく酷い文章となると思いますが、お許し下さいですあせあせ(飛び散る汗)m(_"_)m


「健康になろう!」と思って取る行動、をケースに取ります。

例えば、2日間のハンパ断食をする、という行動。
大した意志力は必要ありません。
だって、2日で終わるんだから。
確かに、2日ハンパ断食したら、「結果」は出るでしょう。
しかも、良い結果が。
それに、たかが2日なのに、それなりに辛い我慢もするわけだから、その分すっごく やった気がして気持ちイイ。

でも・・・。でも、多分、程なく、元の木阿弥。
何の為にソレをやったのかなんて、もうどこかへ飛んでしまうでしょう。
だって、結果が出たんだから、「 もういいや、私出来たんだから。やろうと思ったら、いつでも出来るんだから。 」 になる。
これが、結果の為に、結果を求めて行動する、という空間。
甘美で楽で、でも虚しい、結局最後には求めるものが手に入らない空間。
結果に目を奪われ、最初の目標を忘れる空間。


もう一つの行動。特別なことは一切しない。
ただただ、栄養バランス・陰陽のバランスの良い完璧な食事を腹8分目に規則正しく摂り続ける。
暴飲暴食は一切せず、睡眠も必要なだけ取り、適度な運動をする。
この当たり前の生活を 当たり前のように ただただ続ける。
地味でイベント性が無いから、やった気は多分全然しないし、そのくせ物凄く大変だし つまらない。
でも、恐らくは絶大な成果・結果が勝手についてくる。
この生活をただただ ずっと続ける。だって、生活の姿勢として行ってるだけだから。
多分コレ、気がついたら思った以上の健康が手に入っているでしょう。
勿論、この行動の方が、はるかに意志力が要ります。
そして最初の意図通りになります。


安易に結果を求めると、ついつい新しい何かに 幻想を見るんですよね。(;^_^A
んで、心の中で、これだけやったんだから、これだけのものが手に入る、とか、コレをやったんだから、アレが貰える、とか、こんだけお金かけたんだから、このくらいは効果が欲しい、とか、そういう 「 取り引き 」 や 「 損得勘定 」 を しまくる。
結果に振り回されて、特別な何かに救いを求めて。
でも 特別な何か、なんかには 何にも無い。結局 限界が見えてくる。
で、思考もネガティブな輪を描き出し、辛くなる。
思い通りにならなくて、最後は逆ギレしてみたり。


世の大人達は、「結果が全て」とかって 平気で子供に言い含め、甘美で楽で、しかも求めるものは決して手に入らない こんなに虚しい世界に連れ込んでしまう。

結果ではなくて、生き方・生き様そのものを意図することが大事なのだということを 心から言える大人になりたいと、私は いつも思うのです。
posted by 水月 雪勢 at 23:30| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

黄金の扉

さて、本当は、私が今迄で一番 書きたかったのが、「 黄金の扉 」 のお話です。

生きている間に、数多 遭遇する 「 選択の扉 」。
その中でも、最も重要で、もし そこで選択を間違ったら、決して それを選択できた先にある人生に追いつくことが出来ない、取り返しの決してつかない、やり直しの絶対に効かない、唯一つの正しい選択の扉 「 黄金の扉 」 のお話。

最も書きたくて、でも最も書く事のできない お話です。

人の人生は、選択の連続、選択が紡いでいくもの、だと思っています。
私自身、今迄、数多くの選択を意識的にも無意識的にも してきました。

その中で、確実にコレは黄金の扉だった、と後から痛感した扉も沢山在ります。
思い出して、よくその選択が出来た、と ホッとできる選択、もしその選択を出来ていなかったら…と思ったら ゾッとせずには居られない選択。

そして、取り返しの絶対につかない、間違っても 断じて してはならなかった、痛恨の選択ミスも 存在します。

この、選択の扉、について、どうしても言い残したい、と思っていました。
黄金の扉を開けなかった時の損失は、どうにもならないほどに絶大で、本当に、泣こうが わめこうが のた打ち回ろうが 奇跡を起こすことでも出来なければ、断じて取り戻せないからです。

「人生、いくらでもやり直しは効く。」 と言いますが、それは場合によるでしょう。
やり直しが効く程度のレベルの選択の扉なら、何度でも来てくれるからです。

この損失感を味わう人が 出来る限り少なくありますように、と思わずに居られないのに、完全にコレを書ききることは出来ません。
私は、まだ何を悟ったわけでもなければ、どこに到達出来たわけでもない。
残念極まりないけど、今の私のレベルで的確な表現は不可能です。

というか、皮肉ですが、その選択ミスをしていなければ、コレを的確に表現できるレベルに達することが出来ていた可能性が大きい。
悔やんでも悔やみきれません。

そんな今の私に書くことが出来るのは、自分自身の感じ取ったイメージだけ。
中途半端ですが、そのイメージを書き残しておきます。
イザと言う時に、このイメージが参考になれば、本当に嬉しく思います。

あ、あと これは勿論なのですが、正しい選択、というのは、「 意図に対して正しい選択 」、ということです。
絶対の正しい選択、という意味ではアリマセン。
同じ行動を取っていても、その人の意図によっては、正しい選択にもなり得るし、間違った選択にもなり得る。
一応、それだけは念押し。(;^_^A

私が 「 選択 」 というものから感じ取ったイメージは、

@自分を最良の状態に持っていけなかったら、決して 「 黄金の扉 」 は開けない。
A選択の扉はこちらの都合に合わせては来てくれない。
  つまり、自分にとって都合の良いタイミングで来てくれるわけではない。
B一度選択してしまったら、その時横並びしていた別の扉は二度と開かない、もしくは消失する。ゆえに、正しい扉を開けられなかった時は、容赦無く その事実が押し寄せ、選択者を押し潰す。でも、それでも間違った扉の先で、例え正しい扉の先に行けなくなったとしても、その事実すら受け入れて、それを言い訳にもせず、奇跡を起こす位に頑張り抜くしかない。

以上です。
だから、決して隙を作っては いけない。自分を最良の状態に保つ為の努力を 決して惜しんではならない。
意図を見失っては いけない。光を見失っちゃいけない。
自分を見失っては いけない。今この瞬間を生きているのだ、ということを忘れちゃいけない。

・・・・・。(・_ ・;)…

う〜〜ん、こんな抽象的な表現で どこまで伝わるものなのか。。。(;^_^A
本当に、何が言いたいねん??って感じかも知れないですが、残念ながら、コレが私の今のレベルです。(;^_^A

もう一度 「 黄金の扉 」 というタイトルで文章を作り、次こそは的確にそれを伝えることが出来るよう、やはり生きて還ってきて(笑)、シッカリ修行せねばなりますまい(笑)。

少なくとも、手術時に私の深部で行われる選択自体、過去の選択ミスのツケで現れたものであることにはマチガイ無いのですから・・・。
posted by 水月 雪勢 at 22:37| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

心優しき紡ぎ歌 / ピアノの森

さて、物語中毒者・雪勢に とある方が素晴らしい物語を読ませて下さいました。

その物語は、『 ピアノの森 』(一色まこと 講談社)というマンガ作品です。
素晴らしい物語なので、ご存知の方、沢山いらっしゃることと思います!(*^.^*)


え〜〜、そしてココで、突如 告白です(笑)。
実は私、或る日或る時、気まぐれを起こして、一つの物語を出版社に持ち込んだことがあります(笑)。(→ホントです(笑))

その時、その作品を見て下さった それぞれの出版社の編集さんは、皆一様に

「力作だけど、題材がクラシックピアノだとね・・・」

そう、私は大好きなクラシックピアノを題材にした物語を持ち込んだのです。
ここで私とピアノの関わりのお話なんかを じっくり始めてしまうと、長くなる上に、私の内部に余りにも深く深く関わって、それはもう痛くてたまらないので(笑)、そこはピシッと端折ります(笑)。

編集さんによると、クラシックピアノを題材にするとなると、そこそこ別の作品で売れてからじゃないと、危険なのだそうです。
つまり、ハンバーグとかカレーライスとか、そういう解りやすい味のものから入って、そこそこの地位を築いてからじゃないと、イカの塩辛系の味のものは出しちゃいけないのだと。
そう言われたのです。(→この例えも、その方が本当に こう仰ったんですよ(笑)!)
だから、ハンバーグやカレーを作って、もう一度 持っていらっしゃいと。

何となく燃え尽きて、その後は持って行ってないのですが(笑)。
本業が 有り得ん位 忙しかったので(笑)。(→言い訳(笑)??)

さて、でも、そのまま時が過ぎて出会った この物語 『 ピアノの森 』。

細かい感想は、ネタバレになっちゃうので、ちょっと書けませんが、コレは ずばり、クラシックピアノを扱った物語です。

クラシックピアノ、というと、硬いイメージを持つ方の方が多いようですが、この物語は本当に、そのまま柔軟で優しい心が紡がれた、深い深い物語です。
これは恐らく、ピアノに親しんでいない方でも きっと、相当ドキドキワクワクしながら、深い感動を覚えながら読み進めていけるはず。
ピアノを愛している人が読んだら、尚更に ふるえるほど素敵な物語と感じる筈です。
私も、感動と痛さで 何度泣いたか解りません。
それに、コマの向こう側から、溢れんばかりの優しさが滲み出ているのです。


「無限なのはピアノじゃない、それを弾く人間の方なのだ。」

実は、こんなようなセリフを、映画 『 海の上のピアニスト 』 の主人公が言います。
この、『 海の上のピアニスト 』 も、私のお気に入りの物語です。
出てくるピアノ曲も勿論 大好きですし、ストーリー自体も好きなのですが、こと このセリフ、ピアノの部分を何にでも置き換えられる、真理を突いた言葉だと感じ、ふるえました。
本当に、人に 限界 というものを強いるのは、何なんでしょうね??本来なら無限に繋がれる生命体のハズなのに。
(あ、でも映画の中では コレかなりネガティブなシチュエーションで使われるセリフで、この後に続く部分が切なすぎて泣くんです。(;^_^A )

そのセリフを、 『 ピアノの森 』 読みながら、何度も何度も思い出した私。

これは、心の優しい人でないと紡げない物語です。
本気でピアノや人や世界を愛していないと 絶対に紡げない物語です。
私は こんな素敵な物語に出会えたことに、感謝せずには居られない!

そして…、私の心では、まだまだ、こんな素敵な物語は紡げない!

・・・・・。(・_ ・;)…

本当に、心が全てなんだなあ・・・と またしても思い知らされた私(笑)。

精神の粒子を、細かく、細かく、それは細かく、生命のレベルにまで細かく、優しく強く最も質の良いものに鍛え上げなきゃ!!ホント、ダメダメ、ダメダメ君だ〜!
ホントに、何をするにもやっぱり まず心ありき、ですね。改めて。(;^_^A

そんなこんなで、大事な大事な基の部分を何度も思い出させてくれる この作品。
オペ前に、もう一度、通して読んでしまいました(笑)!

雪勢は、この優しい優しい深い物語が、心から大好き。
読んだことが無い方、宜しければ是非、お読みになってみて下さい!(*^.^*)。・:*:・
posted by 水月 雪勢 at 23:08| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

全てを紡ぐもの。

全てはエネルギー。
私は、それが真実だと思っています。

例えば言葉。言葉そのもののもつ、歴史、深さ、美しさ、響き、音そのもの、韻。
それらは、その言葉そのものが持つ力、エネルギーだと思います。

ただ、言葉は それが使われる時、それ自体の意味ではなく、そこに込められる 想い・腹の内 の方が相手に届くもの。
いくら美しい言葉を小手先で操っていようと、その向こうに潜む想いが曇っていれば、腹に一物持っていれば、曇ったエネルギーが言葉から湧き上がり、それが相手に届く。
「どんな言葉を選ぶか」 ではなく 「どんな心でその言葉を発するか」 が全て。

作為満々の 小手先の浅知恵なんかで揺るがせるものや、誤魔化せるものなどは、たかが知れている。
結局、『 見る 』 ことの出来る人間の前では、腹の内の全てが露呈するのだから。

全てを紡ぐのは、結局 その心のエネルギー。

選ぶ言葉そのものが持つエネルギー と、それを発する心のエネルギー を純粋に融合させることが出来た時、初めて その人は言霊を操る人となるのだ、と私は思っています。

その力を使いこなす人を 私は 『 言霊の繰り人(ことだまのくりびと) 』 と勝手に呼んで、心から尊敬しています。
それは、言葉、というものを通して、エネルギーを的確に処理する能力だと感じるからです。

いいえ、言葉だけじゃない。きっと全てにおいて そうなんです。
音を奏でれば、その音に。
声を発すれば、その声そのものに。
描けば、その絵に。
書けば、その文章に。
見れば、その目に。
動けば、その動きそのものに。
その人の断面全てに、本当はその人が現れている。
それを的確に処理する能力を育て上げた人が 人も自分も幸せにする。


だから、心が全て。
それは、美しい心を持っていなければ、絶対に そう在れないこと。
その心が、そのまま力に直結するのならば、心そのものが強く美しくなければ、心が邪悪ならば、その能力は、その時点で邪悪なものへと変化する。


どうか、神様。
私の心と直結したエネルギーが、常に美しく在れるよう。
私が その心を美しく強く鍛えあげられるよう。
光、という感覚に いつも心をふるわせていられるよう。
その心が常に、全ての断面に どんな形で現れても、人を幸せに出来るよう。
言霊の繰り人として在れるよう。

その意思のチカラを失わぬよう、見守っていて下さい。
ほんの少し、その力をお貸し下さい。
光を決して見失わないよう、見続けていられるよう。
どうか。

私が、この世界にもう一度 戻って来れた時、きっとそこに、全てを賭けられるよう。
ただ、見守っていて下さい。
どうか・・・
posted by 水月 雪勢 at 21:01| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

オペ前 猛ラッシュ ☆ 序曲

さて、オペの三日前から下剤の服用を始めなければいけないことを考えると(→腸を空っぽにする為なんですよ!)、実質的に自由に動けるのは、来週の土曜日まで。
つまり、自由になる期間は あと一週間、ということですね。
ブログも、恐らくは15日あたりから、更新が難しくなるものと思います。

それを思うと、恐らくは、この後 一週間のブログ記事は、明日のジャンプ発売日を除き(笑)、深部で日記、あるいはツラツラ日記の連続になるだろうと思われます。
ま、単なる予想ですが(笑)。(;^_^A
いきなり、軽いの書くかも知れませんが(笑)。
基本、書きたいように書くので、お許し下さい(笑)。

で、何故 深部〜やツラツラ〜の連続になりそうなのか と言うと、実は私、周りの皆さんが思っているよりもずっと、この事態を深刻に捉えているからです。
この事態、根源の部分に突きつけられた選択肢だと感じるからです。

つまり、「険しくても生き抜くのか」 「逃げて楽して死ぬのか」 の2択(笑)。

これは勿論、同じ状況下にある人たち全員そうだ、ということでは決してなく、個人的に私の深部に訪れた選択肢です。

私の 今迄 歩いてきた道や、選択してきた扉、過去の痛恨の選択ミス。
そして、私の体質。この体質になるに至った道筋。
これから していこうと決めていること。
その覚悟の程。

まるで、本当に、あつらえたようです。

多分、これは 今までの私の全てを知っている私自身にしか感じ取ることが出来ない、後回しに出来ない、というか、後回しを封じられた(笑)、絶対の選択の扉です。。。

勿論、私は生きて還ってくるつもりで居ます。
ただ、それが絶対ではないこと、「大丈夫だ」という根拠は全く無い、ということ、が前提となります。

一応、わざと未練を残して、その未練目掛けて還ってくる、というネガティブな還り方は やめとこうと思います(笑)。
未練も引っかかりも、出来る限り全部無くして、いつ消えても構わん、位の状況を作ったうえで、なおシンプルな根源の部分で、シンプルに自然に 「選ぶ」 という行為をして還って来ようと思ってます、漢(オトコ)らしく(笑)。
それが出来ない程度の私なら、多分これから先 成し遂げようと思っていることなんて、全く太刀打ち出来ずに、折れちゃうことでしょう。(;^_^A

だから、残りは基本「深部で日記」づくしの予定。
私が今迄 感じてきた、鍵となるものを、なるべく書き残しておこうと思います。
未練を残さぬよう。
目に見えないもの中心の記述になる可能性もありますが。(;^_^A
(とか言いながら、軽いの書くかも。って、しつこっ(笑)!)

でも、それが、読んで下さる方にとって、少し位は参考になることを願います。

さて、いよいよ、オペ前 猛ラッシュの始まりです。
ソコソコ、ご期待下さい(笑)?(って言って、いきなり明日はジャンプなんですが(笑))
posted by 水月 雪勢 at 20:35| 大阪 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

真っ直ぐ手放さない。

ここに雪勢の ちょっと本気な閉じた夢。

交通の便が良くて、お客様が来やすいマンション、3LDK。
一つは施術用の部屋。
もう一つはトレーニングの部屋。
もう一つが寝室。
大好きなピアノも置いて。

殆ど外 出ないから、日の良く当たる、朝日の入る窓。
クチコミで来てくれるお客様だけの施術。
だから、住むところは1階である必要は無い。
施術は、本当にお客様一人一人の生活環境を知り、その方が何を大事にし、何に対して怒りを感じ、そして何を求めているのかをよく解った上で組むメニューで。

朝食後、お掃除に始まり、家事を一通り。
トレーニング。朝は1時間のランニング。
それからシャワーを浴びる。それは儀式。
自分の問題は一切扱わない完璧な施術者となる為の。

施術の合間は、勉強。技術、音楽、絵、文章、沢山の物語。これも仕事になれば良いけど。
一匹のネコが相棒。ありったけの愛を注いで、淋しい思いは絶対させない。

夕飯は楽しんで色んなものを作る。そして、楽しんで食べる。
後片付けが終わって充分時間が立ってから、今度は筋トレと、それから。。。
その後にお風呂。
お風呂の後は、自分自身のケアを充分に。

その後は静寂の時間。自分の精神・心とだけ向き合う、静寂の時間。
そこで、どこまででも深いところに到達していく。
眠りながらでさえも、向かうところは一つ。
何年かかってでも。



さて、どこまで近づけるかな、このイメージに??
そして、どこまで行けるかな??

ロープレするように私が育てるのは、私自身。
いつの日か、完成することを強く信じて。
だから、私はこのイメージを絶対に手放さない。
誰に何を言われたって。
posted by 水月 雪勢 at 00:00| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月08日

何だか、落ち着いた!

不思議なんですが、何だか落ち着きました。
何がって???何がでしょう(笑)??

多分、新しい職場の鍼灸整骨院の、毎日の仕事時間やリズムに無理が無く、一定なこと。
風奏琴のお客様が徐々に本当に増えだしていること。
そして、病気に真正面から挑もうと、本当に腹が決まったこと。
そして、その様子を確かに暖かく見守って下さっている方が、沢山いてくれること。

これらがまとまって、私の心を落ち着かせてくれたんでしょう。o(^-^)o

あんなに辛かった薬の影響も、何日にも渡り 山ほど寝たら、随分 楽になりました。
それ以降、かなり沢山の睡眠をしっかり取るようにしていることもありますが、多分、心底疲れきっていたその疲れが、薬をきっかけに一気に噴き出したのかも知れません。
本当に疲れ切ってたんですね〜〜思った以上に!(;^_^A
あのまま行ってたら、最悪の場合、本当に飛び降りたと思う・・・( ̄▽ ̄)

何だか、不思議なものです。頑張ってたら、何かが助けてくれるんだなあ・・・と。

このまま、「本当」が見える目と、魔法の手と、癒しの声を持てたら、嬉しいのになあ!!
でも、よくはわからないけど、良いイメージ、悪いイメージに関係なく、浮かんだイメージに向けて、事象は動いていくものだということを、今回また思い知らされています。
ならば、きっと、私の中で固まりつつあるイメージの方向に、私は進んでいけるはず。
そう信じなければダメですね!o(^-^)o

さて、肩の力を抜いて、自然体で、それがそのまま努力し続ける自分でありますように!
エオリアン・ライアの道は長し(笑)!!
posted by 水月 雪勢 at 23:59| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月24日

これ、なぁ〜〜んだ??

ハ真 56.jpg no2.jpg


これ、何だと思いますか???o(^-^)o
実は、ステンレスの、スプーンです。
左のヤツが、曲がったスプーン。右のヤツが、曲がったヤツと、それと同じ種類のスプーンを並べたもの。
なんで左のステンレスのスプーンが曲がってるかって??
何だか知らないけど、私が曲げました(笑)。

通常の力では、もちろん、ゆがむことすら無い、硬いスプーンです(ステンレスなので当たり前なんですが(笑))。
でも、何年か前、テレビでスプーン曲げをやってるのを見て、何となくやってみようかな??なんて気を起こして、1人で もにょもにょいじっていたわけです(→ヒマかっ!(笑))。
最初は全然びくともしなかったんですが、いじりだして暫くたったある瞬間、突然このスプーンが柔らかいもののように感じたのです・・・、と、突如曲がった!!しかもくるりと!!
自分でびっくりしました。んで、「アリエナイ!!」って思った瞬間、スプーンはまた硬くなって、再び びくともしなくなったんですね。

未だに信じられません(笑)。
ですから、私は、物事がどうにもならないような気がして、気が遠くなるような感覚になったときは、このスプーンを見ます。
曲がらないはずの物だって、曲がる時は曲がる。
だから、きっとこの局面だって同じだ。
そう思うのです。

自由って難しいですね〜〜。
この世界は、本当に不思議です。
どこまで世界の本当に近づけるのかな??
生きている限りは、出来るだけ、出来る限り、近づきたい。
私は、この想いを、絶対に忘れないよう 日々を過ごそうと 改めて思うのです。
posted by 水月 雪勢 at 19:07| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月30日

食いっぱぐれて野垂れ死に(笑)??

突然、聞かれました。
「雪勢、結婚せえへんの??結婚したら、食いっぱぐれることないで??」

貧困の極みで 息も絶え絶えな私を気遣っての言葉だったろうと思います。
思わず出た答えが、
「結婚するくらいなら、食いっぱぐれて野垂れ死んだ方がイイ揺れるハート\(^-^)/」
でした。

どうやら、ほんとに私はそう思ってるようです。
具体的に尊敬している人を挙げられて、「この人と一生関わって、一生暮らしていくことを どう思う?」なら まだ大丈夫でしょうが、結婚という単語を、永久就職という捉え方で言われると・・・・

キモイ・・・しかもかなり・・・( ̄▽ ̄;)

食いつなぐための結婚て・・・・それでイイのかたらーっ(汗)
う〜ん、それって、激務な仕事を続けるために、とりあえず家のことや自分自身の健康管理をもしてくれる女性が欲しい、というタイプの男性にとっては、願ったり叶ったりだったりするのかな??
どんな形態でも、お互いがお互いをちゃんと尊敬し、尊重しているのなら、完成した姿だと思うのですが、少々複雑な気分。
ま、どちらにしても、当人同士が納得づくならイイんだけど(^0^)。

そんなわけで、あとどの位 持つのか持たないのかもわかりませんが、やっぱり私は全力で やるべきことだと、やりたいのだと感じることをやって、そして生き急ごう、と 心から思ったのでした。
野垂れ死に上等!!かかってきやがれっ!!!
カメハメハー!! ( *゜ロ゜)ハ ⊂☆==≡≡)))☆(→気に入り過ぎ(笑))てなモンです。

でも一応、生き抜くための努力は全力でせねばならんのう やはし、なんて思いまして。
ふと、別にイイか、なんて思っちゃう自分には、流石にダメだしせねば・・・!(;^_^A
何もかもかなぐり捨てて稼がなきゃいけない、っていうのが事実だなあ・・・あせあせ(飛び散る汗)

結局、生き急ぐ、と決めたと同時に、やはり歌は習っとこうと思ったのでした。
益々 貧困に喘ぐ道を選んだ私。
でも、これで野垂れ死になら上等です。
ってか、死なないように頑張ります。
本気で稼ぎにかかります。正味、文字通りの「生き残り」をかけて。

皆様、もし宜しければ、こっそり応援してやって下さいませ・・・m(_"_)m
posted by 水月 雪勢 at 02:09| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 深部で日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。